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王道という名の強制力と説得力。グレイテスト・ショーマン観てきた



GW最終日にグレイテスト・ショーマンを観てきました。

大絶賛してるひとがたくさんいるなぁという中、何か普通だったって言ってる友達もいて、 何かよくわかんないけどたくさんの人が観てる映画なんだろうな、くらいの認識でした。

 

ストーリーは平たく言ってしまうと19世紀の半ば頃のアメリカで貧困の中育った男が興行師として成り上がって富も愛情も何もかも手に入れたかと思ったけど何か違ったりして色々あったけど人々が求めるものや愛情の本質に気がつくみたいな感じなんですけど、王道的なストーリー展開にただただ惹きこまれていってしまいました。

ストーリーがはじまってすぐの曲『The Greatest Show』は華々しいステージで主人公たちがダンスしてるんですが、登場人物勢ぞろいでズンズンダッ!みたいな感じの演出って色んな作品でよく見ると思うんですね。(正直、あっこういう系統の映画なの・・・?ってちょっと身構えた。個人的に何だかああいう感じが苦手なのです)

でも、踊ってるひとたちが劇中の時代背景にしては色んなひとたちがいて、あれっ何か違うぞみたいな感じで、主人公以外の人たちを追いかけてるうちに本編がはじまる。

そして流れるようなストーリー。

OPEN~幼少時代の貧困→初恋→貧しいながらも幸せ→成功→みんなすげー!→新しいパートナーを得てさらに事業拡大→失敗する→残った人たちから本当の愛に気づかされる→俺たちの戦いはこれからだEND

主人公が成功した興業の内容は、多毛症や巨人症、小人症やアルビノ、結合双生児などの、当時は肉親からさえも居ないものとして扱われたりしていたフリークスと言われる人たちをスターにしてステージを行うというものでした。

そういった人たちが集まっていることを良しとしない街の人間と対立する場面もあるのですが、主人公たちは基本、出演者たちを大切なスターとして扱う。そこら辺のシーンを見て「実際のところどうだったのよ」とかツッコミながら見てしまうものの、その後に始る歌やダンスで「細かいことはまぁいいか!」と思って気持ちよくなってしまう。

興業で成功をおさめた後に、イギリス王室に呼ばれたりして社会的にも成功をおさめはじめた頃、主人公やビジネスパートナーがサーカスのメンバーたちに対してひどい態度を取ったりするのですが、言葉による謝罪は特になく、歌と音楽でわかりあえたことを説得させられるアノ感じ。

王道パターンとストーリーが歌と音楽によって説得力をさらに強くさせてるかんじ。

よく言われてるP・T・バーナム像とヒュー・ジャックマンのバーナムはどことなく乖離が激しすぎやないか?と思いつつもそれらの説得力でどうでも良くなっちゃう。

個人的にはサーカスのメンバーをもっと掘り下げてほしかったけれど、主人公はバーナムだからしゃーないですね。そこに尺取ってたら、とことん走って登りつめるバーナムの力強さや危うさは描けなかったかも。

 

なんだかんだと言いながら、観終わった後はスカッとした気持ちだったし、自分達の未来について話すのも楽しかったし、多くの人がエンターテイメントに求めるものってこういうものなんだろうなぁと思ったのでした。

 

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◆この記事は水野アキが書いてます