ウォンバットのうきうきくらし手帖

好きなことを好きなだけ

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どれを選んだって自由だし正解なのである



全く違うところで出会った人たちがそれぞれ、わたしが最近考えてることに通じることを書いてた。

セルフイメージよりも大切なこと。 - わたしと、私。

相手の過去に原因を追求することについての本音を吐露する - 大豆製品のあたまの中。


わたしは去年、色んなことを学びに行ったり自分の過去を振り返ったりした。

自分の過去の中には、生きるのに息苦しく感じる原因もあったりした。少し前に人と話してるときに、何気ない世間話から過去の出来事を話す機会があった。

 

それは、最初から話そうって思ったんじゃなくて、

ストレスを感じている
→何で感じてるの?
今こういう案件があってそれと対峙している、対峙しなきゃいけないって思うのがストレスだ
→何でストレスを感じるの?
過去にこういう出来事があったのでそれについて考えるのが苦手なんです
→その出来事ってどんなことだったの?

こんな流れ。

わたしはその人に質問されて答えている最中に怒りを感じてた。
その人に会いに行ったのはその件について解決して欲しいわけじゃなかったから。自分の触れてほしくない過去を話させようとする質問者に怒りを感じたし、相手は自分のためを思って聞いてくれてる、話したら何かしらのアドバイスを貰えるのかもって期待して過去の話をした事で再度傷ついてる自分にも怒りを感じた。

似たような体験をしていたとしても、その体験をしたのは他でもない自分自身なので、同調されても不快感オンリーの場合もある。

わたしも人に対して同じことをしてしまったことがある。
会話の流れとかでなく、いきなり相手にそれを突き付けてしまった。そのひととの関係は修復できなくても仕方のないことをしてしまったと思ってる。

 

今の自分は過去からつながっているのではなく、未来からつながっているのである。過去の経験を良いものにするのも悪いものにするのも自分次第、という考え方は好き。

 

でも今では、現在も過去も未来も無いんじゃないかって思ってる。
その人が今この瞬間に存在してる。それだけ。過去とか未来とかはその人の中だけにある。他人は関係ない。

人生の選択 イラスト

もちろん、過去の経験により今の自分の思考が制限されてしまってるということもあるとは思う。
でも それを判断したり紐付けたりするのは本人だけが持っている権利。そこに手を差し伸べて良いのは求められた時だけなんじゃないかと思う次第。

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◆この記事は水野アキが書いてます