ウォンバットのうきうきくらし手帖

好きなことを好きなだけ

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自分を想ってくれてのアドバイスでも受け容れなくていいのね

わたしは基本、ひとにアドバイスを求めない。

なぜなら、大体の悩みはネットで検索したり自分で考えたりしてるうちに解決してしまうから。
知識が必要なことなら有識者に意見を聞いてみたりもする。

 

アドバイスは求めていないけれど、話の流れでアドバイスをいただくことがある。

自分の人生経験のふり幅が平均的でなくて、足りないところがたくさんあることは自覚しているし、王道パターンみたいなのを知らない。

なので、その範囲において経験豊富であろう人や色々なパターンを目にしてきた人がしてくれるアドバイスって、その通りにしたほうが良いのかと思ってた!

 

ちょっと前。とある人間関係で悩んでいたのだけれど、その時に何人かの人から「こういう状況だと思うから、こうした方がいいのでは」と言われた。

自分よりも周りの人の方が客観的に状況を見ているだろうし、自分にとってもその結果は望ましいものだし、そうしようかなぁと思ってた。「こう言われて、その通りだと思ったから動こうと思う」とか友達に話したりしてた。

 

ある時、とある人から、『アドバイスって結局はその人の考えなんですよ』『アキさんがどう感じてるかの方が絶対に正しいですよ』と言われた。目からウロコだった。

 

まあよく考えてみれば、どんなに人の心理がわかっている人であったとしても、勘がするどい人であったとしても、当事者同士の心の細かいとこまではわからないよね。

自信が無さすぎて人の意見の方が正しいと思ってた。

 

他人に対してはものすごく寛容だったりするのに、こと自分に対しては完璧を求めてしまう性格により、見えているはずのものが見えなくなってたんだなーと気がついた。

尊敬してる人や成功してる人がみんな言う事。「ビジネスでも何でもこれが出来てないと!」と言ってること。それがわたしには出来てなくて。出来てない自分は成功できないと思ってたし、出来てからじゃないと色んなことをやってはいけないみたいな制限を自分で自分にかけてしまっていた。

 

自分の感覚を信じていれば自ずと花咲いていくだろうし、そのスピードやペースも人それぞれ。咲かせた人の言う事はその人の経験談なのだなーと思えるようになった。

そしたら、出来てない自分が不完全なんて思わなくなったし、怖くて動けなくなっちゃう自分もかわいいと思えるようになった。完璧がどういう状態かなんて一般論じゃなくてわたしが決めていいことだったのね。 

蓮の花 写真

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◆この記事は水野アキが書いてます